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「世界記憶遺産」の登録申請をめぐる日中対立 [日中関係]

中国外交部は6月10日、南京大虐殺や従軍慰安婦に関する国内資料を「世界記録遺産」としてユネスコに登録申請したことを発表した。それに対し、日本の菅義偉官房長官は11日午前の記者会見で、「中国がユネスコを政治的に利用し、日中間の過去の一時期における負の遺産をいたずらにプレーアップ(強調)していることは極めて遺憾だ」と批判して、中国政府に抗議し取り下げを求めたことを明らかにした。その際菅長官は、とくに南京大虐殺について「旧日本軍の南京入城後、殺害あるいは略奪行為があったことは否定できないが、具体的な(犠牲者の)数には様々な議論がある」と述べている。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20140611-OYT1T50112.html

今回の悶着の背景には四か月前の出来事がある。今年2月、鹿児島県南九州市は知覧特攻平和会館が収蔵する特攻隊員の遺書や手紙について、世界記憶遺産登録の申請を行っていた(遺産登録の申請は政府だけでなく、非政府機関の団体・個人でも可能である)。それに対して中国外交部は2月10日、この登録申請は日本軍国主義の侵略の歴史を美化し、反ファシズム戦争の成果と戦後の国際秩序に挑戦するもので、ユネスコの趣旨に反しており、必ずや国際社会の強い非難と断固たる反対に遭うだろう、と批判した。
http://collection.sina.com.cn/yjjj/20140211/0930142454.shtml

四か月前の知覧の件は、批判内容の当否はともかく、中国政府が日本の一小自治体の行為を非難したものだ。なお世界記憶遺産の登録をめぐり、日本からは知覧特攻隊員の遺書のほか、「全国水平社」資料(奈良人権文化財団など)、「シベリア抑留者引揚」資料(京都府舞鶴市)、「東寺百合文書」(日本政府)、合わせて四件の申請があったが、ユネスコによる審議は一国につき二件までなので、日本の国内委員会は二件に絞り込まねばならない。

ところで今回の中国政府の南京大虐殺・従軍慰安婦資料の遺産登録申請に対する菅官房長官の批判は、知覧の件とは重みが異なる。日本政府が直接、中国政府の行為を批判し、申請の取り下げまでも要求しているのだ。

だが菅長官の批判する「ユネスコの政治利用」という言葉に、実質上の意味はあるのか?もしこんな批判が通用するなら、現在日本からユネスコに申請のある四件のうち、知覧の特攻隊員の遺書だけでなく、シベリア抑留者引揚資料についても「政治利用」と非難される恐れがあるのではないか?

中国政府は、特攻隊員の遺書の登録申請を「軍国主義の美化」「戦後国際秩序への挑戦」と、自己の歴史観の根本的立場から強烈に批判した。だが菅長官は?「政治利用」という曖昧な言葉を投げるほかは、「旧日本軍の南京入城後、殺害あるいは略奪行為があったことは否定できないが、具体的な(犠牲者の)数には様々な議論がある」などとケチをつけているに過ぎない。ここに、菅長官ら安倍政権の修正主義的歴史観の憫笑すべき弱さがある。

今、安倍政権は集団的自衛権の行使容認のための解釈改憲へ向けて、国民多数から批判を浴びれば浴びるほどますます前のめりに、突き進もうとしている。世界記憶遺産申請をめぐる彼らの中国批判も、どちらかと言えば内向きの理由、つまり右翼勢力から拍手喝采を受けて自派の引き締めを図るためのパフォーマンスのように映る。彼らの極右歴史観自体が内向きの語りに過ぎず、それが何かの拍子に外に飛び出して欧米諸国から批判を受けるたびに戦々兢々と弁明に追われるありさまは、滑稽としか言いようがない。

なお中国側の報道によれば、このたび遺産申請した南京大虐殺および慰安婦関係資料は、中央公文書館、中国第二歴史公文書館、遼寧省公文書館、吉林省公文書館、上海市公文書館、南京市公文書館、南京大虐殺紀念館の七機関の合同によるとのこと。
http://www.chinanews.com/gn/2014/06-11/6270246.shtml

うち吉林省公文書館の資料は、最近当ブログで紹介した関東憲兵隊の史料群が主体になっていると推測される。
長春で新たに公開された関東憲兵隊の史料群
関東憲兵隊の史料群(1)慰安婦関係史料1

上の記事でも書いたように、この史料の公刊は中国の国家的研究プロジェクトの一環として実施されており、史料選択の「政治」性(とくに最近の緊張する日中関係をめぐる)は否定できない。とはいえ、いずれも旧満洲国の首都新京(現・長春)に日本の関東憲兵隊が遺した一次資料で、よくぞ湮滅を免れて今日まで残ったものだと感動すら覚えさせるものだ。これらの資料は、中国側の「政治」的意図を超えて、人類全体が記憶すべき重要な遺産として、末永く保存されるべき価値をもっていることは間違いない。

本来なら、南京大虐殺や従軍慰安婦などの資料は、人類全体が永く悔恨の意をこめて記憶すべき共通の歴史遺産として、国境を越えて多くの市民や研究者が協力し調査・整理・保存に携わることが望ましい。とりわけ日本国は、かつて犯した罪業を真に反省し謝罪するためにも、そのような作業に自ら積極的に協力せねばならなかったはずだ。もしそうしていれば、東アジアの平和の礎を築く大きな力になっていたに違いない。が、日本国支配層の恥知らずな隠蔽と怠慢のために、これらの歴史遺産はむしろ国際的パワーゲームの具に変じてしまった。この悲しむべき事態が、戦後日本国家の怠慢によって生じたことを、日本国民は深く自覚せねばならないと思う。

長春だより

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