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日本共産党の自衛隊「活用」論の歴史過程 [日本・現代社会]

日本共産党の志位委員長は4月7日、「参議院選挙勝利・全国総決起集会」において、ウクライナ情勢を踏まえて次のように述べた。

憲法9条を生かした日本政府のまともな外交努力がないもとで、「外交だけで日本を守れるか」というご心配もあるかもしれません。それに対しては、東アジアに平和な国際環境をつくる外交努力によって、そうした不安をとりのぞくことが何よりも大事だということを、重ねて強調したいと思います。同時に、万が一、急迫不正の主権侵害が起こった場合には、自衛隊を含めてあらゆる手段を行使して、国民の命と日本の主権を守りぬくというのが、日本共産党の立場であります。 (中略)  ここで強調しておきたいのは、憲法9条は、戦争を放棄し、戦力の保持を禁止していますが、無抵抗主義ではないということです。憲法9条のもとでも個別的自衛権は存在するし、必要に迫られた場合にはその権利を行使することは当然であるというのが、日本共産党の確固とした立場であることも、強調しておきたいと思います。

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik22/2022-04-08/2022040804_01_0.html

この発言がNHKや『読売新聞』などで報じられたことで、波紋が広がっている。
これについて、共産党は突然立場を変えたのかと訝しがる人もいれば、いや、これは綱領に沿う一貫した党の立場だ、という見方もある。実際のところは果たしてどうだろうか。

まず注意したいのは、日本共産党は敗戦直後から現在まで一貫して、日本国家が自衛権を保持することを正当なこととして主張してきたことだ。

1946年6月の衆議院本会議で日本国憲法草案の審議が行われた際、第9条の戦争放棄条項について、日本共産党政治局員の野坂参三は次のように主張した。戦争には日本の帝国主義者が起こしたような「侵略戦争」と、中国のように「侵略された国が自国を守るための戦争」すなわち「防衛的な戦争」(自衛戦争)とがある。前者は「不正の戦争」であるが、後者は「正しい戦争と言つて差支へないと思ふ」、したがって放棄すべきは侵略戦争であって自衛戦争ではない、と。それに対して吉田茂首相は、自衛戦争を認めるのは「戦争を誘発する有害な考へである」と答弁している(第90回帝国議会衆議院本会議第8号、1946年6月28日)。

他方、自衛隊については、共産党は1961年綱領(第8回党大会)で、「日本の自衛隊は……日本独占資本の支配の武器であるとともに、アメリカの極東戦略の一翼としての役割をおわされ」ており、「アメリカ帝国主義と日本独占資本は、自衛隊の増強と核武装化をすすめ、弾圧機構の拡充をおこない……軍国主義の復活と政治的反動をつよめている」として、「自衛隊の解散を要求」している。

日本共産党は、外国からの侵略に対する日本国家の武装的抵抗としての自衛を正当な権利として認める考えから、日本社会党の「非武装・中立」論とは異なる立場を取ってきた。1975年第12回党大会では、「民主連合政府綱領についての日本共産党の提案」の採択にあたり「急迫不正の侵略にたいして、国民の自発的抵抗はもちろん、政府が国民を結集し、あるいは警察力を動員するなどして、その侵略をうちやぶることも、自衛権の発動として当然」であり、「憲法第九条をふくむ現行憲法全体の大前提である国家の主権と独立、国民の生活と生存があやうくされたとき、可能なあらゆる手段を動員してたたかうことは、主権国家として当然」だとされた。

外部からの侵略に対し「可能なあらゆる手段を動員してたたかう」自衛権の保持の主張と、自衛隊否定の主張とを調和させることは、容易ではなかった。将来幅広い民主統一戦線を結集して「民主連合政府」が樹立され、アメリカ帝国主義を追い払い、日本が「独立・中立」の主権国家となったあかつきには、憲法9条はむしろ日本の独立・中立を守るのに必要な自衛権を制約しかねない。そこで9条を将来改定することも議論された。1980年5月の三中総で採択された「八〇年代をきりひらく民主連合政府の当面の中心政策」では、自衛隊解散に進む一方、「独立国として自衛措置のあり方について国民的な検討と討論を開始する」とされた。こうした共産党の安全保障政策方針は「中立・自衛」論と呼ばれる。

だが、冷戦終結後の90年代になると、このような共産党の「中立・自衛」論は転換されることになる。

1994年7月の第20回党大会の決議では、「憲法九条にしるされたあらゆる戦力の放棄は……わが党がめざす社会主義・共産主義の理想と合致したものである」という考えのもと、「わが国が独立・中立の道をすすみだしたさいの日本の安全保障」として「急迫不正の主権侵害にたいしては、警察力や自主的自警組織など憲法九条と矛盾しない自衛措置をとることが基本」だとしている。将来においても憲法9条を維持し、戦力を保持せず、「急迫不正」の侵略に対する自衛措置は非軍事的になされることが明記されたのである。

ところが、さらに大きな転換が、2000年11月の第22回党大会決議で行われた(https://www.jcp.or.jp/web_policy/2000/11/post-330.html )。この決議では、将来の「民主連合政府」において自衛隊問題を「段階的」に解決する方針を打ち出した。その第一段階は「日米安保条約廃棄前の段階」、第二段階は「日米安保条約が廃棄され、日本が日米軍事同盟からぬけだした段階」、第三段階は「国民の合意で、憲法九条の完全実施――自衛隊解消にとりくむ段階」であるとされる。

こうした「憲法九条の完全実施への接近の過程では、自衛隊が憲法違反の存在であるという認識には変わりがないが、これが一定の期間存在することはさけられない」として、次のように述べられている。

憲法と自衛隊との矛盾を引き継ぎながら、それを憲法九条の完全実 施の方向で解消することをめざすのが、民主連合政府に参加するわが党の立場である。 / そうした過渡的な時期に、急迫不正の主権侵害、大規模災害など、必要にせまられた場合には、存在している自衛隊を国民の安全のために活用する。国民の生活と生存、基本的人権、国の主権と独立など、憲法が立脚している原理を守るために、可能なあらゆる手段を用いることは、政治の当然の責務である。


こうして日本共産党は、「自衛隊を国民の安全のために活用する」という主張を始めて打ち出したのである。その背景には、98年7月の参議院選挙の比例代表で共産党が過去最高の得票数を得たことで、政権に参加する道を模索する動きが出はじめたことがあるだろう。

ただし、「急迫不正の主権侵害」下での自衛隊の「活用」というのはあくまで、将来実現されるべき、日米安保条約と自衛隊を解消してゆく過渡期たる「民主連合政府」においてのことだとされていることに、注意せねばならない。このことについて、2003年8月に行われた講演で、志位委員長は次のように明言している。(https://www.shii.gr.jp/pol/2003/2003_08/2003_0826_1.html

こうした自衛隊の段階的解消という方針は、民主連合政府と自衛隊が、一定期間共存することが避けられないということを意味します。このことから、一つの理論的設問が出てきます。そうした過渡的な時期に、万一日本が攻められたらどうするのか。この設問に対する私たちの答えは、そういうときには、動員可能なあらゆる手段を行使して、日本国民の生命と安全を守る、あらゆる手段のなかから自衛隊を排除しない、すなわち自衛隊も活用していくということが、私たちの答えです。


ところが2015年以降、この方針が変えられてゆく。2015年9月に安保法制が成立した後、日本共産党は安保法制を廃止するための政権交代を実現するため、安保法制廃止の一点で一致する政党・個人・団体による「国民連合政府」という連立政権構想を打ち出し、他の野党に選挙協力を呼び掛けた。なお、この「国民連合政府」というのが、日米安保廃棄など「民主主義革命」の課題を担う「民主連合政府」とは異なり、単に安保法制廃止の一点のみでまとまった連立政権として考えられていることは注意を要する。

この構想は、他の野党から懐疑や反対の声が出たために棚上げとなったが、これ以降「野党共闘」の選挙協力が行われるようになった。2016年7月の参院選に際し、日本共産党の「参院選法定2号ビラ」には次のように書かれている。

私たちは、自衛隊は憲法違反の存在だと考えています。同時に、すぐになくすことは考えていません。国民の圧倒的多数が「自衛隊がなくても大丈夫」という合意ができるまで、なくすことはできません。将来の展望として、国民の合意で9条の完全実施にふみだすというのが、私たちの方針です。 / それまでは自衛隊が存続することになりますが、その期間に、万一、急迫不正の主権侵害や大規模災害などがあった場合には、国民の命を守るために自衛隊に活動してもらう―この方針を党大会で決めています。

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-07-01/2016070103_02_0.html

2000年の党大会決議では、「急迫不正の主権侵害」下での自衛隊の「活用」というのは、あくまで将来の「民主連合政府」でのことだとされていたのが、このビラではそれがあいまいになっている。2017年1月の第27回党大会の決議においても、次のように述べられている。

かなりの長期間にわたって、自衛隊と共存する期間が続くが、こういう期間に、急迫不正の主権侵害や大規模災害など、必要に迫られた場合には、自衛隊を活用することも含めて、あらゆる手段を使って国民の命を守る。日本共産党の立場こそ、憲法を守ることと、国民の命を守ることの、両方を真剣に追求する最も責任ある立場である。

https://www.jcp.or.jp/web_policy/2017/01/post-746.html

自衛隊の「活用」は「民主連合政府」が将来樹立された後のことである、という2000年決議での限定が、この2017年の決議では消えてしまっている。前年の参院選での野党共闘に対しては、与党側から、自衛隊を違憲とする共産党と、立場の全く異なる他の野党とが共闘するのは「野合」だ、という非難が盛んになされた。そうした攻撃に対し、野党共闘の正当性を主張するための論理を作る中で、この決議が打ち出されていることに注目したい。ここでは、非自公政権に共産党が参加する場合、党は「急迫不正の主権侵害」に対する自衛隊の「活用」に反対しない、ということが示唆されているようにみえる。

今年2022年のはじめ、日本共産党は「あなたの「?」におこたえします」というパンフレットを作成し、将来共産党が政権に入った場合(あるいは閣外協力)、日米安保・自衛隊・天皇制など基本的な国策をどうするかを説明している(https://www.jcp.or.jp/web_download/202202-JCP-gimon.pdf )。その中で、「私たちは“安保条約の賛否”をこえて、皆さんと力をあわせます」、「与党になったら天皇制は廃止?そんなことは絶対にしません」などと明記するのとともに、自衛隊については次のように説明している。

国民が「なくても安心」となるまでは存続/ 共産党は、いますぐ自衛隊をなくそうなどと考えていません。将来、アジアが平和になり、国民の圧倒的多数が「軍事力がなくても安心だ」と考えたときに、はじめて憲法9条の理想にむけてふみだそうと提案しています。 / 万が一、「急迫不正」の侵略をうけたら…自衛隊もふくめて、あらゆる手段をもちいて命を守ります。国民の生存、基本的人権、国の主権と独立を守るのは、政治の当然の責務だからです。


このパンフレットに「民主連合政府」の文字はどこにもない。ここに読み取れるのは、共産党が非自公政権に参加した場合、あるいは閣外協力の場合でも、「急迫不正」の侵略に対しては自衛隊の武力行使を認める、ということである。パンフレットの末尾には、「安保条約や自衛隊など、他の野党と意見のちがう問題を政権には持ち込みません」と明記されている。

ここでもう一度、冒頭で挙げた今月7日の志位委員長の発言を検討しよう。

憲法9条を生かした日本政府のまともな外交努力がないもとで、「外交だけで日本を守れるか」というご心配もあるかもしれません。それに対しては、東アジアに平和な国際環境をつくる外交努力によって、そうした不安をとりのぞくことが何よりも大事だということを、重ねて強調したいと思います。同時に、万が一、急迫不正の主権侵害が起こった場合には、自衛隊を含めてあらゆる手段を行使して、国民の命と日本の主権を守りぬくというのが、日本共産党の立場であります。 (中略) ここで強調しておきたいのは、憲法9条は、戦争を放棄し、戦力の保持を禁止していますが、無抵抗主義ではないということです。憲法9条のもとでも個別的自衛権は存在するし、必要に迫られた場合にはその権利を行使することは当然であるというのが、日本共産党の確固とした立場であることも、強調しておきたいと思います。


この志位発言には、従来の共産党の見解に新しく付け加えられたことがある。「急迫不正」の侵略に対して自衛隊を使用する目的は従来、「国民の生命と安全」を守ることとされていたのが、ここではさらに「日本の主権を守り抜く」ことがはっきりと付加されたことである。さらに、共産党の参加・協力する政権に限らず、現在の自公政権においても、「急迫不正の主権侵害が起こった場合」には、「個別的自衛権」の行使、すなわち「自衛隊を含めてあらゆる手段を行使して、国民の命と日本の主権を守りぬく」のが共産党の立場だ、と宣言しているように読み取れるのである。

自衛隊の使用をめぐる今回の志位氏の発言の趣旨は、決して突然現れたものではない。その原型は、2000年の大会決議における党の方針転換において生まれたものであった。そしてその原型は以後、二十数年間の政治情勢の変化の中で徐々に変質を加えてゆき、ウクライナ戦争勃発による危機感の高まりによって、ついにここに至ったのである。

国会内政党の中で最も「左」に位置する共産党の自衛隊をめぐる見解の変化は、近年の国際情勢の変動に伴う日本の世論全体の動きを反映しているのであろう。ともかく今後、自衛隊の武力行使をめぐって、国会で「挙国一致」の状況が出現しないとも限らない。そういう悪夢だけは決して見たくないものだ。

長春だより

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