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国連人種差別撤廃委員会の勧告と慰安婦問題 [東アジア・近代史]

国連の人種差別撤廃委員会が29日、人種差別撤廃条約の日本における順守状況をめぐって最終見解を発表し、差別問題の対処について日本政府に勧告を行った。このニュースは日本の各メディアで報じられているが、しかしその報じ方に私は疑問がある。

最終見解の原文を見るとわかるように、日本政府に対する同委の勧告は多方面の問題にわたっている。ヘイトスピーチ・ヘイトクライム問題のほか、移住労働者問題、外国人年金問題、人身売買、慰安婦問題、朝鮮学校問題、アイヌ民族問題、琉球・沖縄問題、等々がそこに含まれている。

だが日本の主流メディアはおしなべて、「ヘイトスピーチ」規制の勧告に的を絞って報じている。例えばNHKの報道(「国連委 ヘイトスピーチ規制を勧告」8/30)が代表的なものだろう。『朝日新聞』『毎日新聞』のWEB版も同様で、『東京新聞』のWEB版にいたってはニュースの扱い自体がきわめて小さい。同委の勧告は「ヘイトスピーチ」のほか多岐に渡ることは前述のとおりだが、ここでは特に慰安婦問題に絞ってみてゆこう。

『産経新聞』『読売新聞』など右派・保守メディアが、ヘイトスピーチ以上に慰安婦問題に焦点を当てているのは一見意外なようだが、この問題に対する右派・保守層の注視を物語っている(「『慰安婦の人権侵害調査を』国連人種差別撤廃委 ヘイトスピーチ捜査も要請」『産経』8/29)。むしろ不思議なのは『朝日』の記事だ。慰安婦報道について右派メディアから総攻撃を受けている『朝日』にとって、国連人種差別撤廃委の勧告は追い風のはずだろう。しかし『朝日』は、慰安婦問題をめぐる人種差別撤廃委の勧告について断片的にわずかに触れているにすぎず、その内容は『産経』と比べてもはるかに貧弱なのだ(「ヘイトスピーチ『法規制を』 国連委が日本に改善勧告」『朝日』8/30)。

慰安婦問題について国連の人種差別撤廃委の勧告は、日本の民間からの寄付による「償い金」で済まそうとした「アジア女性基金」に触れつつ、ほとんどの元慰安婦は謝罪も賠償も受けておらず、彼女たちの人権侵害はいまなお続いているとして、日本政府に対し、慰安婦問題を調査し責任者を処罰すること、元慰安婦とその家族に対する真摯な謝罪と十分な賠償を行うこと、慰安婦問題について中傷・否定しようとするあらゆる試みを非難すること、などを求めている。

不思議なことに、慰安婦問題をめぐるこうした国際社会の動きを『朝日』は十分に取り上げようとしない。その一方で『朝日』は最近、慰安婦問題にかんする高橋源一郎氏の時評を載せ、慰安婦を「売春婦」だとすることも、慰安婦の人権侵害に対し賠償を求めることも、どちらも「性急に結論を出」しすぎだ、「もっと謙虚になるべき」だ、という奇妙な「中立的」(?)見解を垂れ流している(拙ブログ記事「高橋源一郎氏の『慰安婦』論」を参照)。

そもそも、旧日本軍の慰安婦制度は戦時性奴隷制であり、日本政府は元慰安婦と遺族に謝罪と賠償をせねばならないというのは、今や国際社会に共有されている常識だ。例えば国連人権高等弁務官ピレイ氏は、戦時性奴隷制(wartime sexual slavery)の被害者に有効な賠償をしてこなかった日本政府に深い懸念を示し、人権が回復されず賠償も受けないまま元慰安婦が亡くなってゆくのは心が痛むと述べている。また同氏は、日本の一部言論が慰安婦を「売春婦」と公言していることに触れ、日本政府の無為を批判している(2014年8月6日付国連ニュース)。こうした見方からほど遠い高橋氏の「中立的」見解は、アウシュビッツのガス室があったかなかったかについての「中立的」見解と同じく、まともな歴史認識を持つ世界の人びとの到底受け入れられないものだ。にもかかわらず、『朝日』の〈進歩的〉読者の多くは、高橋氏の見解に違和感をもたないようにみえる。

慰安婦問題の真の論点は、この性奴隷制に対して日本政府は国家賠償と公的な謝罪を行い、早急に元慰安婦の方々の人権回復に努めなければならないという、国際社会の常識的見解と、賠償請求は1965年の日韓基本条約で解決済みであるとする日本政府の立場との、根本的対立にある。『読売』『産経』ははっきり後者の側に立っている。一方『朝日』は?今月5・6日に掲載された「慰安婦問題を考える」という長大な検証記事を丹念に読めば、『朝日』がこの根本問題に何ら定見をもっていないことが判明する。

そうした『朝日』のあいまいな立場は、失敗に終わった「アジア女性基金」に対する無反省から来ているのではないかと思う(「アジア女性基金に市民団体反発」『朝日』8/6)。民間寄付の「償い金」でお茶を濁そうとした「アジア女性基金」が問題をこじらせた元凶であることを反省することなしに、慰安婦問題を解決する道筋は見渡せない。その唯一の道筋が日本政府による公的な賠償・謝罪にあることは、国連の人種差別撤廃委の勧告するとおりだ。『朝日』がこの勧告をきちんと報じようとしない背後には、旧「アジア女性基金」と何か妙なしがらみでもあるのかと勘繰りたくなる。この点は『毎日』も同様だ(『毎日』社説、8/7

何度も繰り返すように、慰安婦問題の解決に日本政府の公的な謝罪と賠償が不可欠だというのは、国際社会の常識的な見方に過ぎない。だが日本で〈進歩的〉と目されるメディアすらその見解に立てないまま、迷走を繰り返している。高橋氏の妄論が広く歓迎される日本社会の世論の現状は、外から見ると実に奇怪だ。七十数年前、満洲事変の勃発後に関東軍の妄動を支持する方向へ世論を誘導し、日本の国際的孤立と破滅をもたらした愚を、日本のメディアはどこまで真摯に反省しているのだろうか?

長春だより

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